ライスボーイ制作工程

僕がまともなものを思いつくのは散歩しているときくらいしかないもので、ライスボーイのあれこれを作り出す作業は、どこかをぶらぶら散歩して、絵や場所それにセリフ少々を頭の中でぐるぐると回すところから始まることになる。こういったことをひたすら頭に浮かべているものだから、今どこにいるかもよくわからなくなる。いつかきっと車に轢かれると思う。さて、その結果、スケッチブックの何百ページもが、判別不可能な怪物やら場所やらアイディアやらの落書きで埋まっている。その多くは決して使われることがないか、使われるとしても何か月も先のことになったりする。

物語を紙におこす事実上最初の作業は、ネーム*1。つまり、ページごとに絵を記した自分用のささやかなメモだ。これは、カフェで描いているものだから、非常に読みづらい。こんな風に、絵とセリフ、進行のテンポなどについていっぺんに考えてしまうのが効率的だと僕は考えていて、このざっくりしたネームがなければ、ライスボーイは1ページも完成していなかっただろうと思う。このコミックには話の進め方に関するこだわりのようなものがあって、そういうものはできるだけこのネームの段階で盛り込むようにしている。たとえば、さくさく読めるがゆったり進む感じのストーリーテリングとか、連続した小さな動きを見せるとか、大きなコマで自己満足的な風景を見せるとか。大した効果は生んでないかもしれないけれど、設定やムードを自分の中で深めることはできる。でもまあ、ストーリーを語るうえで、バカらしいくらい効率の悪い方法ではある。



ページを描くのに使っている紙は、14x17インチ*2のツルッとしたブリストル紙*3。そこに、各ページを7.5x12インチ*4のサイズで描く。つまり、ブリストル紙の表と裏のそれぞれに2ページずつ描けるという寸法だ。経費節約!そういうわけで通常は、エンピツでの下描き、ペン入れ*5、スキャン、色塗り、アップロードは2ページ同時に行うことになる。ページやコマ割りの寸法取り、その他の退屈なあれこれは、完全自動運転的な要領でこなす。それが終わったら、過去に描いた絵を参考にしながら、ざっくりと下描き。ところで、連続したコマで前のコマとよく似た感じに描くことが必要な場合は、右から左の方向に絵を描いていくことがある*6。僕は左利きで、普通に描くと利き手が前のコマにかぶさってよく見えなくなるためだ。西洋の左利きコミック作家には住みにくいところですぜ、この世界は! エンピツで下描きする際には、ネーム段階での設定をよく変更する。セリフの場所を変えたり、物語のテンポを調整するためコマを分けたりまとめたり。



ここで一息、お茶か何かを。そして、主立ったペン入れを片付けてしまう。コマの枠線はMicronと定規を使って引き、セリフはMicronで書く。以前は別の紙にセリフを描いていたけれども、今はこの方法の何がよかったか忘れてしまったので、同じ紙の上にセリフを入れている。最近は、一部の登場人物では、台詞の文字に若干変化を付けるようにしている。これでたぶん、各登場人物の独自の「声」がより強く感じられるようになるのではないかと。



絵全体のペン入れには、耐水性の黒インクと、極細の化学繊維の丸筆*7を使用している。この描き方はかなりお気に入り。エンピツを使えばずっと正確に完璧に描けるにしても、筆で絵を描くことはいつでも無意識の感覚がすごく刺激される体験だ。力の加減がほんの少し変われば線の太さがずいぶん違ってしまうし、筆を紙に押しつけないよう手を一定の位置に留めるのはすごく大変だ (ペンだと紙の表面にペンを押し当てておけるのだけど)。これには、ペン入れの時間が短くなるという効果があって、必ずしも正確ではないにしても、スムーズで流れるような線が描ける。僕が描いたページではよく、手が震えたせいで線がうねったようになっていたり、インクの付け過ぎやら筆の押さえ過ぎやらで線が太くなり過ぎているところがある。でも、これが好きなのだッ! 作者が手をどこに置いていたか、どれくらいのスピードで、どれくらいの力で筆を使ったか、こういったことが読者に正確に伝わることを僕は好む。ゼン(禅)の教えみたいなもの*8で、見栄えにこだわりすぎてばかりいると、かえって見栄えがすっかり損なわれてしまう。作業に深く取り組めば技法や効率性は自ずと身につき、全体の作業がより楽しいものになっていく。このコミックは、全体を通して、こんなやり方で描いている、それがいいのか悪いのかはともかくとして。僕にとって、筆でのペン入れは信仰の対象みたいなものじゃないかと思う。



次に、描いた内容をスキャンする。それぞれのページを2回に分けてスキャンし、1つの画像にまとめたら、画像を白黒2階調に変換 (これもたぶん、ゼンの教え的なもの)。この手のコンピューターまわりの作業はかなり退屈だけれど、 自分の狙った色合いにする方法は習得した。まず、ペン描き画像の上にレイヤーを作成し、そのレイヤーですべての要素を「元となる色」で塗ってしまう(訳注: 下の左端の2コマ)。そして、その上にさらにレイヤーを作成し、別の色(1色か2色)で画像全体を覆うように塗る。下の例 (本編194ページ) では、淡いブルーを基調色、それよりやや濃い色を影の色として使用(訳注: 中央の2コマ)。この補助的な色のレイヤーを重ねる*9ことで、ページ全体の色合いに統一感が出る。ただ、色塗りは、僕にはどうも向いてない。今のやり方は、ズルをしてるみたいなものだし。T-O-Eの顔に画像を嵌め込むのは最後に行う。



とまあ、これが僕のコミックの作り方だ。パッとしたやり方でもないし、自分の時間をもっとましに使えるような方法が、絶対ほかにあるはず。でもまあ、ゼンの教えってやつなんですよ、こいつはきっと。完成したページはこちらでどうぞ


© Evan Dahm.


[訳注]
原文はこちら。おかしな訳出があれば、ぜひお知らせください。それと、マンガ制作に関する用語の使い方を誤っている場合も、遠慮なくご報告をいただければ。

*1 原文はthumbnail drawing。この種のものの呼び名は「コンテ」や「ラフ」など、作家さんによっていろいろ呼び名もあるようだが、とりあえず本稿では「ネーム」と訳出。ただ写真を見るに、いわゆる「ネーム」よりも、もう少しメモ寄りな感じかも。

*2 35.6x43.2cm、B3用紙(36.4x51.5cm)よりやや小さいくらいのサイズ。

*3 厚手の上質紙。日本のケント紙に近いと思われる。

*4 19x30.5cm。A4程度のサイズ。余白の部分を除いた大きさを指していると思われる。

*5 原文はinking。通常は「ペン入れ」という訳でまったく問題ないのだが、本稿で実際に使っているのはペンではなく絵筆。ただ、「筆入れ」とすると意味が違ってくるので、便宜的に「ペン入れ」とした。後で「筆でのペン入れ」という奇妙な表現が出てくるが、ご勘弁を。

*6 作者は最近Ustreamというところで作画の様子をライブ放送しているが、それを見るとペン入れに関しては、右から左はもちろん下から上に行ったり結構気ままな描き方をしている。

*7 フォーラムでの記述によると、「Simmons #2 丸筆、エンジ色の軸で末端部が金色のもの」とのこと。また、現在連載中のOrder of Talesではカリグラフィーが多用されていて、これにはたしか専用のペンが使用されていた。

*8 原文はZen thing。我々の思う禅とは少々異なると思われるので、このような訳出に。合理的に説明できない精神的なもの、を指す便利な言葉ですな。

*9 訳者の環境で試してみたところ、乗算+不透明度100%でレイヤーを重ね合わせると同様の色合いに再現された。…ご参考までに。


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